尊過ぎて切ない

人間ではない家族への溺愛

心と体の連携プレー

「連携プレー」と言えば、

「力を合わせていい仕事した。」的な…



病院嫌いの私が、

1年程の間に、5箇所の耳鼻科に行った。

(コロナ流行の前)


右耳が痛かった。


いつからか、大きな病院に直接行けなくなった。(お金を余計に払えば行けるけどね)


近所の耳鼻科、隣町の耳鼻科、その隣町の耳鼻科、チョイ車走らせた耳鼻科、もうチョイ遠くの耳鼻科…


5箇所目で

「大きな病院で診てもらって」と 

紹介状をくれた。

(せめて3箇所目でくれてもいんじゃ?)


大きな病院の耳鼻科でも異常なし。

耳鼻科の先生から

「耳じゃないかも?」

と、脳神経内科へ回された。

この病院へ来た頃は、右耳周りの頭も痛かった。


CTとMRI(予約なしで出来た)異常なし。


👨‍⚕️「この痛みは心からきてるね。」



👩‍💼「耳と頭がものすごく痛いんですが…」



👨‍⚕️「緊張型頭痛」

 「鬱病




実は…

とある「出来事」のせいで(過去にヒント書いてます)

心療内科に3箇所行ってた。


「神経障害」の診断書を持っていた。


自分は強い人間だと思っていたので

「弱っている心」を受け入れなかった。


結果、

「耳・頭」の耐え難い痛みが出た。


神経内科の先生との会話。

大量の薬。

コロナ流行に伴い、行かなくなるまで御世話になりました。


守るべき子供達、ポチ(仮名)タマ(仮名)の為に、普通を装う。


薬を一切辞めて、

「カウンセリング」に変えた。


それも、コロナ流行で1年近く休んでる。


「気の持ちよう」

「考え方次第」



病院の診断に甘えてない。

心を患ってない。

至って普通。



自分の心と体なのに

自分でどうにも出来ない。


診察してもらって

薬飲んでも…



1度でも壊れた心は

2度と元には戻れない(のですか?)