尊過ぎて切ない

人間ではない家族への溺愛

「今」は「今」の事だけで いい

映画を観に行くと、

本編の前に

「coming soon」の映画の予告が ある。



「面白そう」

「気になる」

「観たい」

と、

思わせるのが得意な「予告映像」。





実際は、

ゆうて そうでもないけどね〜(辛口)








上の子が小さい時、

ドラえもん」とか 観に行った。




映画館へは

よく行ったけど

ドラえもん」しか 出てこない。







ドラえもん」がはじまる前の

「予告映像」に 夢中になる 我が子。





「アレは いつ観れるの?」

「観に来れる?」

と、

観に来た「ドラえもん」どころでは ない。




「とりあえず ドラえもんを楽しもう!」

と、

提案するも

「coming soon」が 頭から 離れない。

らしい。




そしてソレを観に行った時も そうなる。






本編観ずに

映画館を 後にしても いい。

くらい、

予告映像「だけ」で 満足 する。






本編の時間に 席に着けば いい。

かもだけど、


私がせっかちで

何でも早目が好き。

ギリギリとか 無理。














ポチ(仮名)やタマ(仮名)との

「お別れ」の時が怖過ぎて

うなされる時が ある。






元々「不眠症」で、

ろくに眠れてないのに

少しの睡眠時間に うなされる。






今現在は

薬の助けを借りながら

普通に元気なポチ。




タマは、

予防で療養食なだけで

チョー元気・チョー若い。







いつなのか?

わかってもない

「その時」を案じ、

「今」を楽しめないなんて…





「馬鹿みたい」

と、

自分で自分に思う。





チョイと先の事でさえ わからない。

を、

嫌と言うほど経験してるのに…








「今」を楽しめないのに

「先」で楽しいわけ ない。

繰り返すんだから…






観に来た「本編」を楽しめないなら

「coming soon」の映画だって楽しめない。

繰り返すんだから…






楽しみな予定があるのって いい。


が、

「今」が楽しいのが 1番 いい。

常にそうなら、楽しいの連続。




な、わけにはいかないだろけど…










60歳を過ぎた人が

「旦那と一緒に笑って生きていくのは

               難しい」

と、言った。




「旦那さんと生きていって

          他の人と笑ったら?」

と、返した。




「考え方を少し変えるだけで

自分が生きやすくなる。」



と、

人生の先輩に、

偉そうに そう言った。



自分にも 言ってるわけだけどね〜







楽しい・嬉しい事は

「急」でも いい。


が、

「不」的な事は

「突然」か「覚悟してた」かで

違う。





「その時」に、自分が

パニックになる。

ショックを受ける。

のが「小」になる為に

先の事を考え過ぎるのかも しれない。








ただ見つめてくる ポチ。

何か必死に言ってくる タマ。






切ないほど 愛おしい。

尊過ぎて 切ない。






「私を先に逝かせてほしい」

と、願う

ずるく 無責任な 人間です。







「出会わなければ」

とか思う「ク◯人間」です。







だけど…

「時間」「労力」「お金」は

惜しみなく 使うよ。

「自己満」なのかもしれないけど。







「後悔の念」

に、

自分が苦しまないよう

自分の為なのかもしれないけど。







しのごの言ったけど、

大事な大事な「おたちゃん(宝物の意)」

て事は、間違いない。














昔、

ドラえもん」を

「どらエモン」と書いて

笑われた事が ある。